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横浜地方裁判所 平成8年(ワ)1378号 判決 1999年3月19日

主文

一  被告は、原告甲野花子に対し、金七八〇万円及びこれに対する平成八年五月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告甲野太郎の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告甲野花子と被告との間においては全部被告の負担とし、原告甲野太郎と被告との間においては、被告に生じた費用の二分の一を同原告の負担とし、その余を各自の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

1  主文第一項同旨

2  被告は、原告甲野太郎に対し、一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成八年五月二日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要及び当事者の主張

一  事案の概要

原告らは、原告甲野花子(以下「原告花子」という)の定期預金が被告従業員によって原告らに無断で払戻し減額された旨主張して、右減額分の預金の払戻を求めるとともに、右の払戻手続をした原告甲野太郎(以下「原告太郎」という)が被告従業員によって名誉・信用を毀損された旨主張して慰謝料の支払を求める。

被告は、原告花子の右預金については既に正当に払戻済みであるとして争い、また、不法行為責任も否定する。

二  争いのない事実

1  原告花子は原告太郎の母である。

2  原告花子は、被告に対し、以下のとおりの定期預金を有していた。

<1> 預入日 平成六年一〇月一一日

金額 五〇〇〇万円

口座番号 被告長後支店<略>(ただし、その後の書替手続により、平成七年一二月一二日時点において金額三三三五万一一一七円、口座番号<略>となった。以下これを「本件預金<1>」という)

<2> 預入日 平成六年一二月一日

金額 一億七八〇〇万円

口座番号 長後支店<略>(ただし、その後の書替手続により、平成七年四月一三日時点において金額一億七八八八万四九二六円、口座番号<略>となった。以下これを「本件預金<2>」という)

<3> 預入日 平成六年一二月一日

金額 一億円

口座番号 長後支店<略>(ただし、その後の書替手続により、平成七年四月一三日時点において金額一〇四九万七一五〇円、口座番号<略>となった。以下これを「本件預金<3>」という)

3  原告花子名義の被告定期預金通帳(<略>)によれば、平成七年六月六日、本件預金<2>及び<3>を解約して現金四八〇万円の払戻がされ、残元利金を併合書替によって預け入れた旨の記載がある(以下、これを「本件第一の払戻(又は弁済)」という)。

また、同通帳には、平成八年一月三一日、本件預金<1>から現金八〇〇万円の払戻がされ、残元利金を減額書替によって預け入れた旨の記載がある(以下、これを「本件第二の払戻(又は弁済)」という)。

三  争点

1  本件第一の払戻の有無

原告らは、本件第一の払戻手続を全くしたことがなく、現金四八〇万円を受け取ったこともないと主張する。

2  本件第二の払戻の金額

原告らは、本件第二の払戻については五〇〇万円の払戻請求をしただけである旨主張する。

3  原告太郎に対する被告の不法行為の成否

四  主張

1  原告らの主張

(一) 原告花子の預金払戻請求

(1) 原告花子は、原告太郎を代理人として被告との取引を行っていた。

(2) 原告太郎は、平成七年六月六日、被告の行員であるP(以下「P」という)に対し、本件預金<2>及び<3>を含む七口の定期預金について元利書替を依頼した。

しかし、その際に同原告がPに対し現金の払戻を依頼したことはなく、また実際に現金を受領したこともなかった。

(3) 原告太郎は、平成八年一月三〇日、原告ら宅を訪問したPに対し、原告花子の地方税の支弁のために、同原告名義の貯蓄預金(長後支店口座番号<略>)から三〇〇万円、本件預金<1>を含む同原告名義の五口の定期預金のうち、金額が最小のものから五〇〇万円(ただし、右貯蓄預金に振替入金の上で同口座から引き出す方法による)の合計八〇〇万円の現金払戻と、その余の定期預金の書替、貯蓄預金口座への振替手続等を依頼した。

しかし、その際に原告太郎は、定期預金から八〇〇万円、貯蓄預金から三〇〇万円の合計一一〇〇万円の払戻を依頼したことはなく、翌三一日にPから実際に受領した現金も八〇〇万円であった。

(4) 右のように、本件第一の払戻にかかる四八〇万円、並びに本件第二の払戻にかかる八〇〇万円のうちの三〇〇万円については、いずれも実際には原告らの依頼も払戻の事実もないにもかかわらず原告花子に払い戻されたことになっている。

(5) よって、原告花子は被告に対し、消費寄託契約による払戻請求権に基づき、不当に減額された右(4)の合計七八〇万円と、これに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 原告太郎の損害賠償請求

(1) 原告太郎は、平成七年八月二四日、長後支店のR課長(以下「R」という)とQ(以下「Q」という)の訪問を受けた。RとQは、「平成七年六月六日、四八〇万円、甲野花子」との記載及び「甲野」の印影のある一枚の書面を同原告に示し、右印影に合致する印鑑があるかどうかの調査を依頼された。同原告は、同人が所持・保管していた全ての印鑑を取り出して照合してみたが、合致するものは見つからなかった。RとQは、右印鑑照合の趣旨を同原告に説明することなく、原告ら宅を辞去した。

Qは、同月三一日、再び右印鑑照合のため原告ら宅を訪問し、「もう一度印鑑を全部見直してほしい。」と言って原告太郎が取り出した印鑑との照合を行ったが、合致するものはなかった。Qは、内部で調査する旨述べて、原告ら宅を辞去した。

(2) 原告太郎は、平成八年一月三〇日、Pに対し前記のとおり八〇〇万円の払戻手続を依頼し、翌三一日、現金八〇〇万円を受け取った。

しかし、同原告が同日、定期預金通帳と貯蓄預金通帳を調べてみると、実際には八〇〇万円しか払戻を受けていないのに一一〇〇万円の払戻を受けた処理がされていることに気付き、長後支店を訪れて釈明を求めたところ、支店長S、副支店長T、Q及びPは、被告が原告太郎に対して一一〇〇万円を交付したと述べ、原告太郎の申入れに耳を貸さなかった。

(3) また、原告太郎は平成七年六月六日に払戻を受けたとされている四八〇万円にも疑念を抱き調査したところ、右取引について記載されている定期預金通帳(平成七年五月二日から同年一〇月九日までの取引記載分)や定期預金の利息計算書等が見つからなかったため、平成八年二月一日、右Sらが原告ら宅を訪問した際、再調査を依頼した。Sらは、同年二月一三日、原告ら宅を訪れ、Pが原告太郎に対して、預金通帳に記載されているとおりの金員を交付した旨一方的に述べて帰っていった。

(4) 以上のように被告は、何ら合理的根拠もないまま、原告太郎が四八〇万円及び三〇〇万円の合計七八〇万円を着服横領したかの如き言動をし対応をとったものであり、金融機関としての被告の安全性を信頼していた原告太郎の信用・名誉を著しく毀損するものである。

右による同原告の精神的損害は一〇〇万円を下らない。

(5) よって、原告太郎は、被告に対し、不法行為による損害賠償(慰謝料)請求として一〇〇万円と、これに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の反論及び主張(弁済の抗弁)

(一) 原告花子の請求に関し

(1) 原告らの主張(1)について、原告太郎が原告花子の代理人であることは被告には分からない。原告太郎が、原告花子の事実上の窓口として手続をしていたことは認める。

(2) 原告らの主張(2)について、Pは、平成七年六月六日午後一番で、定期預金の書替のために原告ら宅を訪問したところ、原告太郎から右書替の他に、四八〇万円の現金の払戻依頼を受けた。Pは、原告太郎に「定期預金払戻請求書兼出金伝票」(乙第二、第三号証)に署名をしてもらうとともに、原告太郎から渡された銀行届出印で右伝票に押印した。

Pは、右払戻に係る通帳及び伝票を預かって帰店し、払戻の手続をとって、四八〇万円を届けるために、同日午後二時三〇分頃、再び原告ら宅を訪問した。

Pは、原告ら宅に到着し、原告太郎に対し、通帳、利息計算書及び払戻依頼を受けていた現金を渡したところ、原告太郎は、右現金が入っている袋の中を覗いていた。Pが受領印を請求すると、原告太郎は他の部屋から印鑑を持って来てPに渡したので、Pは「お届け現金等受領書」(乙第四号証)に押印した。Pは、印鑑を原告太郎に返却して原告ら宅を出た。

したがって、被告は、原告太郎から右同日、他の手続とともに四八〇万円の払戻依頼を受け、依頼に沿って現金の払戻手続を行い、原告太郎に対して現金四八〇万円を交付し、正当な弁済をした。

(3) 原告らの主張(3)について、Pが原告太郎から払戻を依頼された金額は、本件預金<1>から八〇〇万円、貯蓄預金から三〇〇万円の合計一一〇〇万円であり、右依頼に基づいてPが原告太郎に手渡した現金も一一〇〇万円であって、同人が依頼を受けて交付した金額が八〇〇万円であるとの主張は否認する。

Pは、平成八年一月三〇日、原告ら宅を訪問し、原告太郎に面会したところ、同原告から納税資金として八〇〇万円が必要であるとの話を聞いた。Pは、本件とは別個の、金額が最も少ない定期預金から八〇〇万円を払い戻せば足りる旨の返答をしたところ、同原告は、Pに対し、右払戻を依頼した。このとき、他に四口の定期預金について書替の手続を取る必要があったので、Pは、同原告に、合計五枚の「定期預金払戻請求書兼出金伝票」(乙第五号証、第三〇ないし三三号証)に署名をしてもらった。

さらに、Pが、同原告に対し、貯蓄預金に三〇〇万円位ある旨を話したところ、同原告は、「じゃあそれから三〇〇万円を持ってきて」と言ったので、Pは、「貯蓄預金払戻請求書」(乙第六号証)を同原告に渡し、署名をしてもらった。

また、Pは、同原告から渡された印鑑で、右「定期預金払戻請求書兼出金伝票」五枚と「貯蓄預金払戻請求書」一枚に押印し、右伝票合計六枚と預金通帳二冊を預かって原告ら宅を出た。

Pは、被告行内での預金払戻手続をとり、翌一月三一日、被告出納係が準備した一一〇〇万円を持って原告ら宅へと向かった。Pは、原告太郎に対し、袋に入れた一一〇〇万円をそのままの状態で手渡し、原告太郎から渡された印鑑で「お届け現金等受領書」(乙第一六号証)に押印した。そして、定期預金通帳及び貯蓄預金通帳を示しながら書替・払戻の手続について説明した後、原告ら宅を辞去した。

(4) 以上のように、本件第一、第二の払戻とも原告らの依頼を受けて、正当に行われたものである。

(二) 原告太郎の請求に関し

(1) 原告らの主張(1)について、被告が原告太郎に印鑑照合を求めたことはあるが、これは、平成七年九月一七、一八日ころ、支店長の指示を受けたQが、同年九月二〇日には同じく支店長の指示を受けたR及びQが、それぞれ原告ら宅を訪問して行ったものである。

右のような騒ぎが生じた原因は、Pは原告太郎から四八〇万円の払戻の依頼を受けて、一旦「定期預金払戻請求書兼出金伝票」(乙第二、第三号証)に届出印を押捺してもらった後、同日に再び原告ら宅を訪れて現金を届けた際、「お届け現金等受領書」(乙第四号証)に右の届出印とは異なる印鑑で押捺してもらったものであるところ、右のような取扱い事例では、払戻請求書に押捺された印が届出印と同じであることを確認すれば足り、必ずしも現金等受領書の印と一致する必要はないが、内部調査を担当した者が、右払戻手続が「便宜払い」による方法(電話で払戻依頼を受け、現金を届けた際に「定期預金払戻請求書兼出金伝票」と「お届け現金等受領書」の双方に届出印を押捺してもらう方法)と勘違いし、右両書面に押捺されている印影が異なることに疑問を持ったためである。

(2) 原告らの主張(2)ないし(4)について、前記S支店長、T副支店長、Q及びPは、本件第一及び第二の払戻がいずれも正当に行われたことを主張したものであり、同人らが、原告太郎が四八〇万円と三〇〇万円を着服横領したかの如き言動をしたことはなく、被告が原告に対して損害賠償責任を負う理由はない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(平成七年六月六日の本件第一の払戻の有無)について

1  前記争いのない事実3のとおり、原告花子名義の本件預金<2>・<3>は、平成七年六月六日、解約されて現金四八〇万円の払戻手続がされ、残元利金を併合書替によって預け入れた旨の手続がされている。

原告らは、右現金の払戻を依頼したことは全くなく、右現金を受領したこともないと主張するのに対し、被告は、右払戻手続は原告太郎の依頼に基づくものであり、現金を同原告に交付した旨主張し、証人Pの証言及び同人の陳述書(乙第三四号証)中には右主張に沿う証言・記述部分があり、乙第四号証には、右同日、現金四八〇万円が原告らに届けられ、原告らがこれを受領した旨を証するような「甲野」の丸印が押捺されている。

しかしながら、右乙第四号証中の「甲野」の丸印については、原告らは、その印影そのものが原告花子の印章によるものではないと主張してその成立を否認するところ、<証拠略>によれば、平成七年六月六日における右払戻手続がされた後、被告内部の調査によって、右払戻にかかる定期預金払戻請求書兼出金伝票(乙第三号証)に押印された「甲野」の印影と、右乙第四号証に押印された同人名義の印影とが一致しないことが問題となり、長後支店の課長であるQは、同年九月一七日ころ、上司の指示を受けて、原告らが右乙第四号証に押印するために用いた印鑑を確認する目的で原告ら宅を訪問したこと、原告太郎は、Qの求めに応じて、自宅にあった印鑑を五本示したが、これらによって押印された印影は、いずれも右乙第四号証に押印されていた印影とは一致しなかったこと、次いでQは、同月二〇日にも同様の目的で原告ら宅を訪問し、原告太郎から印鑑を四本示されたが、右乙号証の印影と一致するものはなく、被告は、用いられた印鑑の特定がされないまま、右印影に関する調査を打ち切ったことがそれぞれ認められ、右事実に照らすと、右乙第四号証中の「甲野」の印影は、Pが原告太郎から手渡された印鑑を用いてPが押捺した旨証言する同人の証言部分は信用することができず、他には同号証の成立の真正を認めるに足りる証拠はない。

2  次に、原告らもその署名・押印部分の成立の真正を認める乙第二、第三号証によれば、本件第一の払戻手続が行われた当日、本件預金<2>・<3>に関する定期預金払戻請求書に原告太郎により原告花子の署名・押印がされていることが認められるが、証人Pの証言によっても、それらの金額欄はいずれも空白になっていたこと、ことに、乙第二号証中の定期預金の金額欄の右横「出納振替」欄の「4800千円現金届」の記載もPが記入したものであることが認められ、右乙号各証だけから、被告主張のように、右当日、原告太郎が現金四八〇万円の払戻手続をPに依頼したものと認めることはできない。

<証拠略>によれば、右当日、本件預金<2>・<3>を含めた七口の定期預金について、満期到来による元利書替手続が行われたことが認められるが、右事実によっても、現金四八〇万円の払戻手続が原告太郎の依頼によってなされたものと認めることはできない。

3  以上1、2にみた事情、並びに原告太郎本人尋問の結果に照らすと、本件第一の払戻手続のうち現金四八〇万円の払戻手続も同原告の依頼に基づき行われ、右当日、Pが同原告に現金四八〇万円を手渡したとするPの前記証言部分及び乙第三四号証の記述部分は、にわかに信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

右によれば、被告は、右の四八〇万円について原告花子に対し弁済したものとは認められないこととなるから、右預金の払戻を求める同原告の請求は理由がある。

二  争点2(平成八年一月三一日の本件第二の払戻の金額)について

1  前記争いのない事実3のとおり、本件預金<1>については、右当日、現金八〇〇万円の払戻手続が行われたものであるが、原告らは、貯蓄預金から三〇〇万円、本件預金<1>からは五〇〇万円の合計八〇〇万円の払戻を依頼しただけであると主張するのに対し、被告は、Pは同原告から本件預金<1>から八〇〇万円払い戻すことを依頼され、右の貯蓄預金を合わせ一一〇〇万円の払戻を依頼されたものであり、右の一一〇〇万円を現実に同原告に交付したものである旨主張し、証人Pの証言及び乙第三四号証中には右主張に沿う証言・記述部分があり、乙第一六号証には、右当日、原告らに現金一一〇〇万円が届けられ、原告らがこれを受領した旨を証するような「甲野」の丸印が押捺されている。

2  しかしながら、右乙第一六号証中の「甲野」の丸印については、原告らは、その印影が原告花子の印章によるものであることは認めるが、原告太郎が一一〇〇万円の受領書と認識して押捺したものではないと主張してその成立を否認するところ、<証拠略>によれば、Pは、右当日原告ら宅へ持参した現金を原告太郎に手渡した際、右の現金の額を数える等して確認することはもとより、一〇〇万円の束が一一束あるのか、あるいは八束だけであったのかの確認すらもしなかったこと、そして同原告は、Pの求めに応じて被告銀行への届出印をPに手渡し、これを受け取ったPは、金額欄に一一〇〇万円と記載されていた右乙第一六号証(お届け現金等受領書)を同原告に示すことなく、また、同原告に手渡した現金の額を口頭で述べて確認することもしないまま、右受領書の「お受取印」欄に手渡された印鑑で押印した後、これをそのまま自分の鞄に納めて原告ら宅を辞去したこと、原告太郎は、Pが辞去した後、定期預金通帳を見ながら計算したところ、本件預金<1>について自己の依頼した金額よりも約三〇〇万円多く払い戻されたように処理されていることに疑問を持ち、これを確認するため被告長後支店に赴いたことが認められ、右事実に照らすと、右乙第一六号証中の「甲野」の印影が、原告太郎の意思に基づいて押捺されたと認めることはできず、結局、同号証の成立の真正を認めることはできない。

3  そして、右2の事情、並びに甲第一〇号証、原告太郎本人尋問の結果に照らすと、本件第二の払戻当日、Pが同原告に合計一一〇〇万円を手渡したとする証人Pの前記証言及び乙第三四号証中の記述部分はにわかに信用することができず、他に右の事実を認めるに足りる証拠はない。

<証拠略>も、本件預金<1>を含む五口の定期預金について元利書替の手続が行われたことが認められるだけで(なお、この点に関し、原告らは乙第一〇、第一四号証中の原告花子の署名部分の成立も否認するが、右は証人Pの証言によれば、被告の内部処理ミスをやり直すため、担当者が右原告の氏名を記載したものと認めるから、右の認定を左右しない。)、Pが原告太郎から依頼されて一一〇〇万円を同原告に交付したとの事実を証明するものとはいえず、右判断の妨げとなるものではない。

4  以上によると、本件第二の払戻手続において、被告主張のように貯蓄預金の払戻と合わせ一一〇〇万円が原告太郎に弁済されたことを認めるに足りないことに帰するから、原告らの認める八〇〇万円との差額三〇〇万円について、預金の払戻請求権に基づきその支払を求める原告花子の請求は理由がある。

三  争点3(原告太郎に対する不法行為の成否)について

1  前記一1に認定した事情、並びに<証拠略>によると、平成八年一月三一日行われた本件第二の払戻の後、原告太郎は、前記のとおり自己が依頼した金額よりも三〇〇万円ほど多い金額が払い戻されたような気がして疑問を抱き、同日午後四時ころ被告長後支店を訪れ、Qに面会して釈明を求めたこと、被告は、Qに加え、S支店長、T副支店長、後にPも加わって応対し、被告が原告太郎に対して交付した金額は一一〇〇万円である旨述べたこと、その後、同原告は、本件第一の払戻手続である四八〇万円の件にも疑念を抱き自ら調べようと思ったが、右手続について記載されているはずの平成七年五月二日から同年一〇月九日までの取引が記載された定期預金通帳や利息計算書等が見つからなかったため、平成八年二月一日、右Sらが原告ら宅を訪問した際、Sらに再調査を依頼したこと、しかし、同月一三日、原告ら宅を訪れたSらは、右の四八〇万円についても預金通帳に記載されているとおりの金員を交付した旨述べ、同原告の意見と平行線をたどったため、同原告は、同月一四日、大和警察署に相談に赴くとともに、同年四月二四日、本件訴えを提起したことがそれぞれ認められる。

2  しかしながら、右事実をもってしては、未だ、被告が、単に自己の正当性を主張することを超えて、原告太郎を非難し第三者に対する同原告の名誉・信用を侵害したということはできず、他に被告の不法行為を基礎づける事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告太郎の被告に対する損害賠償請求は理由がないというべきである。

四  以上によれば、被告に対し、本件預金<1>ないし<3>の払戻請求権に基づき、前記一、二の合計七八〇万円と、これに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成八年五月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告花子の請求は全部理由があるが、不法行為に基づく損害賠償を求める原告太郎の請求は失当である。

よって、原告花子の請求を全部認容し、原告太郎の請求を全て棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、仮執行宣言につき同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 平林慶一 安部勝)

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